アンジェラの灰「アンジェラの灰」の背景
アイルランドの歴史

ヨーロッパの極西に位置する島国アイルランド共和国は、ダブリンに首都を置く立憲共和制の国である。北アイルランド(首都:ベルファースト)はイギリス領として分離されている。北海道ほどの面積に366万人(1997年調べ)が住んでいる。19世紀の大飢饉を契機に、アメリカ大を始め世界各地への移民が増大した。特にアメリカやオーストラリアにアイルランド系が多く、ケネディ大統領、やレーガン大統領がアイリッシュというのは有名な話である。日本では明治以来“愛蘭土”と書き表し、詩や戯曲などの文学に親しみを持ってきた。1890年に来日し松江に住んだ作家ラフカディオ・ハーン=小泉八雲は、両国親善のシンボルとなっている。

 紀元前2世紀頃、ヨーロッパ大陸からやって来たケルト人が、ゲール語、ドルイド教によってアイルランドを文化的に統一していった。妖精伝説や数々の神話がはぐくまれ、豊かな叙情性をもちながら文字を持たなかったケルト人たちは、口承で詩や物語の文学を発達させ、渦巻や円に代表される抽象的な文様による装飾美術を完成させた。スコットランドとは同じケルト系の地域として姉妹関係にあたる。
 5世紀にキリスト教が伝来すると、文芸に熱心なケルト人は信仰をベースにした文化を築いていった。12世紀、有力部族たちが群雄割拠する戦国時代、機に乗じてイギリス王ヘンリー2世は1171年に自らアイルランドに赴き、支配下に置いた。これがイギリスによる介入の始まりとなり、ダブリンを中心にイギリスからの植民化が進む。
 15世紀、ヘンリー7世の時代に支配が強化され、更に、続くヘンリー8世は1542年、自らアイルランド王を名乗った。このヘンリー8世が、イギリスで始まった宗教改革(英国国教会=プロテスタント)を強要したため、敬虔なカトリック教徒であったアイルランド人との間に政治と宗教が複雑に絡んだ対立が生まれた。特に抵抗の激しかったアルスター地方(現在の北アイルランドにあたる地域)には、抵抗を押さえるために多数のプロテスタントの植民が促された。17世紀には清教徒革命の旗手クロムウェルの独裁、カトリック保護派のイギリス王ジェームズ2世の敗北(ボイン河の戦い)などでカトリックへの弾圧は厳しさを増し、政治的・経済的・社会的権利が次々と剥奪されていった。
18世紀には反政府運動が盛んになり、アメリカ合衆国独立(1776年)、フランス革命(1789年)に刺激を受けた結社ユナイテッド・アイリッシュメンが、1798年にアイルランド自立と近代化を求めて武装蜂起するが、反乱は鎮圧され、結果的に1800年にイギリス王国に併合された。独自の議会を失い、商工業も衰退し、産業革命からも取り残されたアイルランドは、貧しい農業経済を余儀なくされた。 1845年から、主食であったじゃがいもが胴枯れ病でほとんど全滅してしまうという空前の大飢饉が起こり、数十万人が死亡し多くの人々がイギリスやアメリカに移民した。1941年には818万人を数えた人口が、10年後の1851年には655万人に減少した。無策のイギリス政府に対して庶民の憤りは募り、カトリックとプロテスタントの溝も深まる一方で、アイルランド共和主義同盟(IRB)、アイルランド共和軍(IRA)などの団体による運動が激しくなった。この時期にはまた、ゲール文化復興運動も活発になった。ワイルド、イェイツ、ショウ、ベケット、ジョイスらが活躍した。 1922年、独立戦争を経てようやく英国内の自治領としての地位が認められるが(アイルランド自由国)、このときプロテスタントが多数を占めていたアルスター地方はイギリス領として残り(=北アイルランド)、現在の北アイルランド問題の起こりとなった。1932年アイルランドの完全独立を主張する共和党が総選挙で勝利を収め、共和党内閣を発足させた。1937年に新憲法(現在の憲法)を定め独立国家を宣言(このとき国名をアイルランドの古名エールEIREと定める)、そしてついにイギリス連邦から独立し共和制を宣言、1949年にアイルランド共和国が誕生した。 しかし、以後北アイルランド問題は悪化し、近代的なテロの報復合戦で多くの犠牲者を出しながら、対立はエスカレートしていった。1998年4月、北アイルランド和平合意がなされ(功労者としてプロテスタントのデイヴィッド・トリンブルとカトリックのジョン・ヒュームがノーベル平和賞を受賞)、一時緊張がほぐれたが、2000年1月には過激組織の武装解除をめぐり、合意は暗礁に乗り上げた。長い歴史に分かたれた両者の溝を埋めるには、まだ多くの問題を乗り越えなければならない。

アイルランドの宗教

 アイルランドはカトリックの国である(現在も国民の約94%がカトリック)。それまでドルイド教を信仰していたゲール社会のキリスト教化に務めたのが、432年に渡来した聖パトリックである。彼は後にアイルランドの守護聖人とされ、彼の命日である3月17日は、今はアイルランド最大の祝日“聖パトリック・デー”となっている。彼がもたらしたキリスト教は、文芸や宗教に深い情熱をもつケルト人によって広く信仰されていった。アイルランドのシンボル・カラーの緑色は、聖パトリックが三位一体を説くときに用いた三つ葉のシャムロックの葉に由来する。地理的にヨーロッパの辺境であったアイルランドは、スペインのガリシア地方などとともに、厳格なローマ・カトリックが最も色濃く残った土地でもあった。 しかし12世紀以降、度重なるイギリス介入により、イギリス政府から英国国教会であるプロテスタントを強要される。他のヨーロッパ諸国において少数派プロテスタントが多数派カトリックに迫害されていたのとは反対に、アイルランドではプロテスタントであるイギリス支配により、多数派であるカトリック側の勢力が圧倒的に弱く、イギリス植民の裕福なプロテスタント(=ユニオニスト)地主層と、土着の貧しいカトリック(=ナショナリスト)小作人という図式が定着していった。各都市ではそれまであったカトリック教会を取り壊し、プロテスタント教会が建てられていった。  カトリック教徒が構造的に貧困であったことに加えて、カトリックでは避妊が認められないので、庶民はマコート一家のように子沢山、しかも離婚も認められないので、夫婦関係が悪くなり夫がふらりと出稼ぎに行ったままだったり、夫の暴力にも妻子はただ我慢するしかないなど、不幸な家族も多かった。

アイルランドの中のリムリック

 アイルランドの南西、大西洋に面するリムリックは、郊外のシャノン空港がアメリカに最も近い国際空港ということもあり、新大陸からの玄関口としてアメリカからの観光客も多い。アイルランドは北樺太と同緯度にあるが大西洋のメキシコ湾流の影響で寒暖の差が少なく、積雪はあまりないが年間降雨量は他のヨーロッパ諸国より多く曇天が多い。リムリックの街は、湖水地方から流れてくるアイルランド最長のシャノン川の河口に位置し、おおむね湿潤である。9世紀にヴァイキングによって街がつくられ、アングロ・ノルマン人の侵略も受けながら、17世紀にはボイン河の戦い(カトリックとプロテスタントの全面戦争)ではカトリック側の最後の拠点となった。アイルランドの中でも熱心なカトリック教徒が多く、アイルランド一の高さを誇るカトリック教会、セント・ジョン大聖堂もある。現在は商工業都市として発展している。

フランク少年が生きた1930〜40年代

 マコート一家が、大恐慌に消沈するニューヨークからリムリックに戻ってきたのは、1934年のことであった。19歳で再びニューヨークに渡るまでの約15年間、少年から青年への成長期を、フランクはここで過ごした。 アイルランド独立への第一歩、共和党内閣が発足したのが1932年。第二次世界大戦(1939〜1945年)を経てアイルランド共和国が誕生した1949年に、フランクは故郷を離れるのである。IRA党員であったというフランクの父マラキ・シニアは、共和国のために戦ったとはいえ北の人間ということで、アンジェラの故郷では肩身が狭かった。1922年に自治領として認められたときは、という名称であった。北はプロテスタントでアングロ・ノルマン人、つまり土着のケルトとは違う人種という意識が強かったのだろうが、マラキ・シニアが色々な話し語りで子供フランクたちを楽しませることができたのは、やはりケルトの血なのだろう。 1950年以降、独立したアイルランドは北アイルランド問題で紛争が絶えなかった。そんな中、フランクの弟マラキ・ジュニアをはじめ母アンジェラ等家族は次々とアメリカに渡っていった。それから先のエピソードは、フランク・マコートの次作“Tis”で明かされるだろう。 参考資料 図説 アイルランド(上野格・アイルランド文化研究会編著 とんぼの本 河出書房新社) 地球の歩き方81アイルランド ユ98〜ユ99(ダイヤモンド社) アイルランド歴史紀行(高橋哲雄著 ちくまライブラリー65) 民族の世界地図(21世紀研究会編 文春新書) http://embassy.kcom.ne.jp/ireland/ http://www.globe.co.jp/cover/ireland-information.html
イントロダクション
ストーリー
アラン・パーカー
フィルモグラフィー
エミリー・ワトソン
ロバート・カーライル
フランク・マコート
フランク・マコートと原作「アンジェラの灰」
ジョン・ウィリアムズ
「アンジェラの灰」全収録曲
キャスト
スタッフ
アラン・パーカー インタビュー
アラン・パーカー監督自身によるプロダクション・ノート
「アンジェラの灰」の背景
『アンジェラの灰』友の会
アイルランド大使館
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