サイダーハウス・ルール
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『サイダーハウス・ルール』はこうして生まれた

第9章
アンドリュー・ワイエスの絵画を参考にしたセット
<カラフルでなくコントラストを強く>



The Cider House Rules 『二十日鼠と人間』(92)のセットをデザインしたグロップマンは、不況時代のアメリカを手掛けた経験がある。スタインベックの『二十日鼠と人間』も季節労働者の旅に触れており、カルフォルニア州のサリナス・バレーを舞台にした話だ。本作はとくにヤンキーの香りがするので、それを把握するために、グロップマンはアンドリュー・ワイエスの絵画を参考にした。この有名な画家の絵には、映画の舞台であるメイン州の田舎の忘れられない風景や人物画があった。しかもその画家のさっぱりした無色の背景は、グロップマン、ラッセ・ハルストレム監督、撮影監督のオリヴァー・ステイプルトン、衣装のレネー・カルヒュスが目指していた映画の外観と同じだった。
 「セットについては、アンドリュー・ワイエスの絵のカラースキームをもとにした。基本的に色はない。できるかぎりすっきりとさせたかった。だから感傷的になりすぎることはないだろう。温かい甘美な光も嫌だった。ホーマーが育った環境は、どちらかといえば無慈悲な場所でもあるので、セピア色の感じも避けたかった。私はその“感じ”をラッセに説明する画像を探していた。私が見たモノクロの参考写真は私のイメージとはしっくりこなかった。ワイエスはなんとメイン州出身で、映画と同じ時代の画家であり、その絵はとても殺風景だが、喚起されるものがある。そのイメージだとかなり意識した。これ以上文句のつけようがない。そこでアンドリュー・ワイエスの画集をラッセに見せた」
 グロップマンは孤児院のカラーパレットは、ラーチと看護婦の懸命の努力にもかかわらず、本能的な憂鬱さと孤独感を強調するために、極端にきびしく、ほとんどモノクロに近いと説明する。白黒を望むのも、その色の両極端さの方により関係がある。
「映画の中で気楽な人生を送っている人は誰もいない。アンドリュー・ワイエスを選んだのは、カラフルではなく、コントラストの強い感じにしたかったからだ。当初ラッセと話しているとき、モノクロの色調でいくという説明は、当然だが監督を少し心配させた。私が意図したのは、いつでもコントラストがあるということだ。孤児院の共同寝室の壁は暗く、子供たちはみな白い寝間着を着ている。私は色を圧倒するコントラストの感覚が何よりほしくて、そういう色調を選んだ」
 グロップマンがセットに反映させようと望んだ二分法は、登場人物たちの矛盾する二重人格に近い性格にも一致する。ホーマーは反抗する模範息子で、根本的に素朴で、法を犯すことになる親友にも誠実だ。キャンディは愛らしく強いアメリカを代表する少女で、水面下に疑いや不信感の深い闇を隠す。彼女は因襲から解放されているが、新しい願いには見放される。ウォリーは無謀であり、まともでもある。ドクター・ラーチは説教好きで情愛のある高貴な人民主義者だ。だがホーマーの未来には特別頑固な考えを持つ男が、緊急で訪れた人の診察や説教は拒む。ミスター・ローズは温和なところと危険なところ、世襲的なところと略奪的なところ、高貴なところと卑しいところと、もしかしたら一番逆説的な人物かもしれない。これらの登場人物が住んでいるところもコントラストははっきりしている。病院であり家である孤児院は、ホーマーにとっては安心できる場であり、息の詰まる場所でもある。果樹園は楽しく解放される場所だが、ホーマーはここで暗い真実を学び、生と死の仲介役になる。
 映画全般を通して流れるコントラストと逆説的な組み合わせがあってこそ、グロップマンの白黒、正確にいうなら白対黒への意向を三次元の形に取り入れることが可能となった。たとえば孤児院の共有寝室は屋根裏のようなスペースだが、天井から床まで斜めに幅の広い梁が走っている。この梁と暗い木の壁が、孤児たちの真っ白なベッドの列や意図的にセッティングされた屋根窓から射し込むかすかな光と、はっきりとコントラストを作っている。
 この色調はラーチの妥協しない世界観も反映している。淡褐灰色の箱、くすんだ灰色のペーズリー柄のカーテン、どっしりと立派な暗い色の机、厚く重々しい書籍が詰まった書棚……という彼の診療所は、厳しい実用主義的な人生観を映し出す。
「セットは正直に物事を映し出す、という考えでいる」とグロップマンは語る。「ドクター・ラーチの診察室は、複雑にも雑然ともしすぎないよう、すでに約束ができていた。同時に、壁には何年も前からの孤児たちの写真や免状や証書をすべて飾り、その場から彼の歴史が伝わってきてほしいと思った。異常の域を越えないように、できるかぎりのことを試した。ラーチのように、あまりうるさくなく感傷的でないように」
 グロップマンが色を加えるときは、往々にしてグリーン系統の色だった。孤児院の食堂の木の壁についたこぎれいな濃緑のしみ、ワージントン家の居間の淡い緑のアクセント、孤児院の病院部分の玄関の下半分にひびが入り剥がれた新緑色の縞模様のペンキ。これらエメラルド色のアクセントは単にグロップマンの好みだが、かならず「モノクロ的」色調を乱さないよう、色は抑え古びた感じになっている。
 結局グロップマン曰く、白対黒の色の対比からセットの建物まで視覚的暗示を使い、登場人物の裏側や感情や哲学観、アーヴィングの原作が伝える細部まで伝えようと狙った。彼は登場人物の環境を確立するため、カルヒュスと密に仕事をした。実際カルヒュスの衣装も映画内で俳優が自分の場所を見つけるのに役立った。カルヒュスは新聞や雑誌の昔の写真、シアーズのカタログ、ユードラ・ウェルティが公共事業促進局のために撮影した不況時代のモノクロ写真、ウォーカー・エヴァンズが農場保証管理局のために撮った同じ時期のモノクロ写真などを参考にした。また30年代後半〜40年代半ばにかけて何年もかけて一定期間アーカンソー州の小さな農場コミュニティの人々を撮り続けたディスファーマーという変わった写真家のポートレートのシリーズも参照した。カルヒュスはこのような写真の一部を出演者と一緒に見ることもあった。こうして彼らの衣装が考案された。
 「たとえば、デルロイはピンストライプのスーツとベスト姿の季節労働者の写真を見るととても興奮した。その衣服はぼろぼろに破れてすり切れていたが、思わずミスター・ローズのような人物像が頭に浮かんだ。そのみすぼらしい服がゆえに、人は優雅さを加えようとする。デルロイが役作りの上で興味を持ったのも、ミスター・ローズには統率力のようなものがあり、たんに貧しく元気まで失っているわけではないというところだった。彼にはあるプライドもある。いつも髭を剃り、きれいにし、靴を磨いている。彼はあの写真と洋服から、役作りのヒントを得たと思う。また実際にあの役にはこうした一面を見つける必要があったと思う。というのも、ミスター・ローズはそのままではかなり反発の出そうな人物だからである」とカルヒュスは語る。
 その娘、ローズ・ローズも初期の役作りでは、カルヒュスのリサーチが役に立った。女と子供の部分を持つローズ・ローズはある意味、バドゥが演じる魅力的で自己矛盾した役どころに添っていた。バドゥの情熱的で崇高で往々にして皮肉な歌は、彼女の若さを裏切るし、彼女の詞は同時に官能的で、純粋で、母性を感じる。カルヒュス曰く、ユードラ・ウェルティの写真でローズ・ローズの衣装のイメージが湧き、彼女もローズの生活の一部へ入り込む手がかりとなった。継ぎが当たり少しぼろぼろになった少女らしい淡いブルーとグリーンのセーターに、男物のすり切れたデニムの作業用オーバーオール。女性的でもあり、子供のようでもある服。もしかしたら彼女の恩人オリーヴ・ワージントンのお古で、かつてはきれいだったが、愛用されて、何度も修繕しながら着てきたのかもしれない。
 「ローズ・ローズはウェルティの写真から生まれた。エリカ・バドゥは役の断片がわかり始め、それから写真の中にその人の姿勢や特性を発見したのかもしれない。その写真にも若干エレガンスさが感じられる。ワージントン家が年に一回会う労働者たちに衣服を渡してきたことがわかる。いい服だ。靴紐やソックスは消え始めている。この写真は、見逃しそうなことがわかるのですばらしい。少年ぽいオーバーオール姿に少し女性らしさを加味しようとする、そんな労働者の作業着姿の写真は大好きだ。こうして私はローズ・ローズのことがわかり始めた。エリカもそうだと思う」
 げんに映画のある時点での女性は皆、40年代のきちんと洋服を仕立てたご婦人といった女性像を連想させるものではなく、少し男っぽい格好をしている。この映像はとくにその時代背景の雰囲気を伝えている、とカルヒュスは指摘する。
 「この映画が進行する戦中には、ワージントン夫人やキャンディも含め、すべての女性は男たちは戦争に行っているのだから残った女が何でもせよといわれた。そのときから、女性はより実用的で男らしい格好をするようになった。それにメイン州やニュー・イングランドには、全体的に実用主義的ヤンキーの精神構造がある。ジョン・アーヴィングがモデルにした実際のワージントン夫人は、いつも働き、そのことを何とも思わなかったらしい」
 シャーリーズ・セロンの演じるキャンディはロブスター漁師の娘という下層階級に生まれ、結婚して上流階級の仲間に入るので、彼女の属する異なる社会を反映した幅広い衣装が必要となった。
 キャンディの衣装はほかの出演者に比べてカラフルでもあった、とカルヒュスは指摘する。キャンディとウォリーが文字通りホーマーの人生に色を運んできたといえるからだ。しかし過度な色合いのものはひとつもない。カルヒュスは第一に、キャンディには濃い青、海のような青緑、濃い深紅色を、ウォリーにはそれぞれの濃淡を基本にした。このはっきりした色使いは、デイヴィッド・グロップマンの“モノクロ的コントラスト”を意識してのことだった、とカルヒュスは説明する。
 「私にとって『モノクロ的』色の幅とは、彩度がないこと。大きめのアイテムはほとんどモノクロで、黒かグレーだ。私たちは黄褐色とベージュに少し頼った。色はほとんど使わなかった。赤い靴とか帽子に色を見つけたとしても、とてもとても量は少ない。アンドリュー・ワイエスのテーマに添っている。それの多くを取り入れようと、模様から離れ、無地を使って、すべてにしわをたくさん寄せるようにした。だから色がなくてもそのテクスチャーを感じることができる。そうやって強さを増した」
 「話の筋や登場人物の妨げになるような衣装は作らないつもり。全体を通してストーリーを語っていく手助けをしたいと思っている」とカルヒュスはつけ加える。この考えはホーマーとラーチの衣装にとくに反映した。
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