| | 大恐慌下の1932年に、共和党フーヴァー政権の無策ぶりに見切りをつけたアメリカ国民は、民主党のフランクリン・デラノ・ルーズヴェルトを第32代大統領に選んだ。翌1月の就任後、大統領は直ちに恐慌の打開と社会の改革を始める。資本主義の自由放任主義の方針を是正し、金融への国家のコントロールを強め、経済への政府の介入を拡大し、農産物の価格下落を押さえて農民を保護、ダム建設など公共事業で雇用の拡大を図り、その一方で農民や労働者にさまざまな保護を与えた。失業した労働者に仕事を与えるWPA(雇用促進協会)は目玉政策のひとつだ。
こうしたニューディール政策で恐慌が解消に向かったわけでは必ずしもない。むしろ1937年には景気は一時的にむしろ悪化、“恐慌中の恐慌”と言われた。アメリカ経済の完全回復には、第二次大戦による軍需の拡大を待たねばならない。 | | |
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ルーズヴェルトの功績でむしろ重要だったのは、この不況下に労働者の権利(最低賃金や労働時間の制限、組合の団結権)を整備し、WPAや各地に作られた農民向けの施設などを通して、恐慌ですべてを失って自暴自棄になりかねなかった労働者や農民など社会を底辺から支える名もなき庶民たちに、政府が彼らの味方であり公正な社会を作ろうとしているのだと示したことだ。 ティム・ロビンス監督は「僕はルーズヴェルトが本当にアメリカの民主主義を救ったのだと信じている」と言う。
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