ひどい不況で生活が苦しくなるほど悪くなると、どこの国でも不満が高まる。特にドイツは大恐慌の前から第一次大戦の莫大な戦時賠償金が大きな負担で、理不尽な戦後秩序への不満は以前からあった。
 アドルフ・ヒトラー率いる国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)はそうしたドイツ国民の不満を背景に、その怒りを戦勝国やユダヤ人に向けさせることで支持を集め、1932年の総選挙で圧勝、33年首相になると、資本家に対する労働者階級の不満を支持基盤とする点ではライバルでもあったドイツ共産党を国会放火事件の陰謀によって非合法化。まもなく総統となって全国に軍隊式の独裁態勢をしき、オーストリアやポーランドなど周辺諸国への拡張の動きを見せ始め、軍需産業で経済は復興した。
 
 
 ムッソリーニは第一次大戦前はなんと社会党左派の活動家。積極参戦を主張して除名に。戦後の混乱の中で国家ファシズム党を結成、黒シャツ隊など軍隊かマフィアまがいの暴力的だが規律を重んじる国家主義の運動を展開し、22年には政権についた。イタリアはもともと経済的にヨーロッパでは後進地帯で、政治的にも19世紀末にやっと統一を実現したばかりだったが、ムソリーニはローマ帝国以来のイタリアの栄光の復興を標榜し、それを示すためエチオピアに進攻した。
 1937年スペインのフランコ将軍が反乱を起こすと、ヒトラーとムソリーニはこれを支持、膨大な軍事援助を行っている。
 
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