1936年、大恐慌がアメリカ全土を襲い、労働者のストライキが勃発していた時代。
それはアメリカ史上もっとも興奮と危険に満ちた時代でもあった。
一人の少女がニュース映画を上映している劇場の舞台裏に立ちあがった。彼女の名はオリーブ・スタントン。放浪者のようなその日暮らしから女優を夢見て、職を求める人々の列に並んだ。アメリカ政府は失業した演劇人を救うため“フェデラル・シアター・プロジェクト”を施していた。しかし、経験のない彼女に俳優の仕事が回ってくるはずはなく、ようやく手にした仕事は舞台の清掃という理想とは程遠いものだった。
師のブレヒトの幻影に取り憑かれた作曲家マーク・ブリッツスタインは苦しんでいた。新しい作品を生まなければいけない。彼がふらりと立ち寄った公園では組合集会が行われていた。そこに警察が無理やり介入し集会を解散させてしまう。理不尽な暴力に巻き込まれた彼は、自分の舞台の主題こそ「権力に立ち向かう表現の自由」だと思いつく。そこから産まれた「ゆりかごは揺れる “The Cradle Will Rock”」は“フェデラル・シアター・プロジェクト”で採用され、当時22歳のオーソン・ウェルズがこの問題作の演出を担当することになった。そして俳優たちのオーディションが始まった。そこでウェルズの目に止まったのが、あのオリーブだった。「彼女は正に腹をすかせた娼婦そのものだ!」オリーブ・スタントンは「ゆりかごは揺れる」の主役を見事射止めた。 | | |
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芸術を支配しようという欲望に駆られる若き大資本家ネルソン・ロックフェラー。上流階級の実業家たちは芸術を金の力で牛耳る事を楽しんでいた。彼はムッソリーニの元愛人で彼の戦争支援を仰ぎ見るマルゲリータ・サルファッティの絵画展のスポンサーとなっていた。マルゲリータは、大富豪にダヴィンチの絵を貢ぎ、ムッソリーニの支援金調達に奔走していたのだった。天高くそびえ立つロックフェラー・センター・ビルのロビーの壁画を描く人物を探していたロックフェラーは皮肉にも資本主義を敵視する共産主義者のメキシコ人画家ディエゴ・リヴェラを紹介してもらい依頼するのだった。
アル中の腹話術師トミー・クリックショー、ショービジネスの縁に必死でしがみつこうとする古ぼけた芸人。彼も仕事を求めて公共事業促進局の窓口を訪ねていた。そこで彼は後進の育成指導の仕事を任されてしまう。「アカ(共産主義)が芸をダメにした」が口ぐせの彼は、共産主義に反対するグループに参加していたが、実のところそこで出会った公共事業促進局の受
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