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本作が映画デビュー作となったサイモン・ショア監督は、イギリス・アカデミー賞を受賞した短編映画“La Boule”に始まり、ドキュメンタリー“Eton: Class of '91”や、“Henri ”や“The English Wife”といった批評家から称賛を浴びたTVドラマなど、常に若者をテーマにした題材を追っている。
そして本格的な長編映画の題材を探していた時、バタシー・アーツ・センターで初公演中のパトリック・ワイルドの舞台“What's Wrong with Angry?”に出逢った。この舞台は、10年間俳優や演出家として舞台で活躍していたワイルドの初戯曲であった。
「僕には伝えたいものがあり、その想いを表現できる舞台は扇動的なラヴ・ストーリーだった。そういった舞台の核は映画にもそのまま残ったんだ」と原作者ワイルドは語る。
「芝居も半ばにして、これは素晴らしい映画になる!という確信が芽生えたんだ」と監督ショアも同様に熱く語る。「この舞台の強みは、状況が“特別”でありながらも“普遍的”なテーマを論じているところだ。16歳でゲイという存在を、誰もが優しい記憶の中にある青春の1ページとして演出し、共感できるものになると思ったんだ。さらに、ベイシングストークというイギリスのニュータウンの田舎町での暮らしがどんな感じであるかも的確に描いていた。観客が息をのむ舞台上の名シーンの数々は、スクリーン上でさらに迫力を増すだろう」
「それからパトリックと映画脚本を作る長いプロセスが始まった。パトリックも私も16歳は遠い昔のことであるから、その“年齢”を正しく理解することが重要だった」 そこで企画が始動すると、ショアはワイルドを伴い、学生と触れ合いながら脚本の草稿を固めていった。「彼らは常に脚本の“最終フィルター”であった」とショアが言うように、現役の高校生や卒業し立ての若者たちとコミュニケーションをとり、ディスカッションをし、若者たちの生の意見が脚本の重要な要素となっていったのだ。
そんな中、彼らはある少年と出逢った。彼はゲイであることを作文に書き、それをクラスの前で読み上げることでカミングアウトしたという体験談を聞かせてくれた。この出逢いが舞台のエンディングを大きく変更させ、新たなクライマックスを創り出した。「その少年は現実にカミングアウトしたのである。何とも勇気ある行動だ。舞台のスティーヴンはカミングアウトしないが、私たちは魅力的で強いスティーヴンにしたかったから、映画のエンディングを変えることに迷いはなかった。彼はその作文を私たちにくれた。今でも大事に持っているんだ」
そして脚本の進行に応じて問題になったのがキャスティングだった。撮影に入ったときに年齢が合わなくなってはいけないので、脚本の進行中はまだキャスティングに手をつけられないという問題があった。
そんな中で、ショアは素晴らしい青年に出会った。「スティーヴン役のベンにはかなり初期の段階で会っていた。彼のセリフは素晴らしく、オーディションの場でみんなベンに泣かされたよ。彼しかこの役はいない。そういう出逢いだった」
撮影は、1997年の夏に、ベイシングストークでのロケとエルストリーのミレニアム・スタジオで行われた。監督は「イギリス風のドラマという固定観念に囚われたくなかった。アメリカにとても雰囲気が似ていたベイシングストークは自動車産業の町だ。そこは他の町とはかなり違ったニュータウンで、映画という視点から普遍的な印象を与えることができた」と語る。
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