◆監督 Director
サイモン・ショア SIMON SHORE
フランスのパリにいた時、映画製作に初めて触れる。アニメのスタジオでひたすらセル画に色をつける仕事をしていた。「当時の彼女がそこで働いていて、生活するのにいかした方法と思った。イギリスの大学では演劇を学んだが、最終的には映画の方が面白いと思った」という。3年いたパリからイギリスに戻り、ロンドン・カレッジ・オブ・プリンティングに入る。映画の学士コースでフラン・オブライエンの小説『第三の警官』を脚色、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート・フィルム・スクール進学の機会を得る。2年目の課題で“La Boule”を製作。「フィルムを4ロールしか撮ったとことのない25歳の若僧が、いきなりフランス語映画を作ろうなんて、とんでもない考えだった。でも、どうせたかが2年の課題なんだから『まあいいさ』と思ってやった。卒業制作でもあるまいし、という感じでね」と語っているが、結果的に同作で卒業証書をもらえただけでなく、その年のイギリス・アカデミー賞短編賞に輝いた。
続いてプレッシャーのある若者をまったく対照的に描いた2本のドキュメンタリー、3ヶ月間インドネシアの熱帯雨林にこもって撮影した“The Wrong Side of Paradise”と、イギリス上流階級の子息が通うパブリック・スクールの滅多に見られない内情を見せた“Eton: Class of '91” を監督。さらにフランシス・バーバー主演の短編“Duck”や、暴力的環境で育つ弊害を異なる視点から描いた2本のTVドラマを作った。“Henri"はベルファストの音楽祭で入賞したプロテスタントの少女が、うっかりフォールズ通りにあるカトリック系住民の家に宿泊してしまう物語。一方、フランスを舞台にした“The English Wife”(95)はブルジョア家庭内暴力の隠された世界を探るサスペンス。TVでは “Bliss”シリーズの何話かも手がけた。
本格的映画デビューとなる本作は、プロデューサーのスティーヴン・テイラーと脚本家のパトリック・ワイルドとの緊密なコラボレーションにより進められた。
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◆原戯曲/脚本 Author/Screenplay by
パトリック・ワイルド Patrick Wilde
ロンドン生まれ。バタシーのサレジオ・カレッジに学ぶ。ロンドン大学でイギリス文学の学位を取得。ウェバー・ダグラス・アカデミー・オブ・ドラマティック・アートで演技を学び、1983年卒業。その後10年は、イギリスとパキスタンの舞台でヨーロッパの古典を中心に俳優、演出家として幅広く活躍。93年に処女戯曲“What's Wrong with Angry?”を書き下ろし、自らの劇団ワイルド・ジャスティスで演出、公演した。同作は95年にロンドンのウエスト・エンドで、翌年にはコペンハーゲンでも公演された。これがきっかけで、人気TVシリーズ“This Life”にも脚本を依頼された。本作では自らの代表戯曲“What's Wrong with Angry?”を脚色、映画脚本家デビューを飾った。
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◆製作 Producer
スティーヴン・テイラー STEPHEN TAYLOR
1983年、スタンフォード大学でMBA取得、著名コンサルタント会社マッキンゼー&Co.入社。コンサルタントは向いていないと認識、映画産業への道を模索し始める。3年後退社、大手インディ映画製作会社のゼネラルマネージャーに就く。4年後にグラファイト・フィルムズを立ち上げ、映画業界でコンサルタントとして活躍。「コンサルティングは非常にハードで、企画のために十分な時間とエネルギーを注ぐことは至難の業だった。幸運にも早い時期にサイモン・ショアと出逢え、企画から常にお互いに支え合うことができた」。
本作は15年来の映画製作の願いが結実した作品。二度ほど企画の失敗があったが、94年1月にパトリック・ワイルドの公演を観て、映画化の話を持ちかけた。「二人とも、これまでに見たことのないラヴストーリーと脚本のトーンが気に入った。会話は激しい感情表現でさえ、温かさとユーモアが感じられ、二人とも大変惹かれた。これほどまでに、私たちが求める形で感情を伝えられる人が現れるとは、到底考えられなかった」
18ヶ月後、映画脚本が出来上がった。ブリティッシュ・スクリーンのサイモン・ペリーが即応し、サイモン・ショアの作品も見て気に入った。俳優、監督、脚本家、製作者すべて新顔で、知られた名がない事実に尻込みすることはなかった。「ブリティッシュ・スクリーンは完璧なスポンサーだ。サイモンは私たちが目指すものを完全に理解し、全面協力してくれた」と語る。ペリーはテイラーをディスタント・ホライズンに紹介する。ディスタント・ホライズンが参画し、英国芸術協会の協力で予算の残りを調達した。
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◆製作総指揮 Executive Producer
アナント・シン ANANT SINGH
南アフリカで人種隔離政策が敷かれていた時代から、南アフリカ人である障害を受けながら同国を代表する映画プロデューサーとなった。1983年にダレル・ジェイムズ・ルート監督作“City of Blood”でプロデューサーを務める。同監督と組んで、“Place of Weeping”(86)やウーピー・ゴールドバーグ主演作『サラフィナ!』(92)など、南アフリカで多くの人が観た反アパルトヘイト映画を製作した。また、南アフリカ初の公平な自由選挙を報道した“Countdown to Freedom”(95)、マンデラ大統領に率いられた元政治犯1250名がロッベン島に再結集した記録“Prisoners of Hope”(96)など、様々なドキュメンタリー映画製作にも携わった。96年にはダライ・ラマ法王を訪れるマンデラ大統領を紹介するドキュメンタリーを製作。最近ではマンデラ大統領と彼の助言者アーメド・カスラダとのドキュメンタリー・シリーズを完成させている。
過去14年間で40本以上の映画を製作。代表作に『ベッドルーム・アイズ』(90/V)、『アメリカン・キックボクサー』(91/V)、キャシー・ベイツ主演作“The Road to Mecca”(92)、『からみつく愛欲の罠』(92/V)、『デス・キック/復讐のリング』(93/V)、パトリック・スウェイジ主演のルート監督作『パパと呼ばれて大迷惑?!』(93/V)、ティム・ロス主演作『愛に囚われて』(94)、トビー・フーパー監督作『マングラー』(95/V)、ジェームズ・アール・ジョーンズとリチャード・ハリス主演のルート監督作『輝きの大地』(95)、ロバート・カーライル主演のアントニア・バード監督作『フェイス』(97)、ヘレナ・ボナム・カーターとケネス・ブラナ主演作『ヴァージン・フライト』(98)などがある。最近では、湾岸戦争での空軍特殊部隊の実話を描いた“Bravo Two Zer”"(99)を共同製作。多くのオファーがあったマンデラ大統領の自伝“The Long Walk To Freedom”の映画化権を獲得。マンデラ大統領は語る。「アナント・シンは大変尊敬する映画プロデューサーで、様々なオファーを検討した際にやはり彼がよいと独断で決めた。素晴らしい才能だし、力量や支援のことを考えると、彼なら立派に成し遂げてくれると思った」。
また、96年10月にはかつて南アフリカ共和国が国有し成功していたイースト・コースト・ラジオとラジオ・オランジェの2つのラジオ局を買収。98年4月には南アフリカのポートエリザベス大学より「南アフリカ映画産業に幅広く貢献、南アフリカの物語や才能を世界に広げ、映画というメディアを通しアパルトヘイトの不公平に対する認識を内外で高めるために尽力し、そして南アフリカの歴史を来るべき次の世代に残したことへの功績」に対し名誉博士号が贈られた。
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◆共同製作 Co-Producer
パトリシア・カー PATRICIA CARR
1977年に『スター・ウォーズ』でプロダクション・アシスタントを務める。以降、『帝国の逆襲』(80)、『ジェダイの復讐』(83)でプロダクション・マネージャー補佐としてジョージ・ルーカスと働く。また、スティーヴン・スピルバーグとも『レイダース/失われた聖櫃』(81)、『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』(84)、『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』(89)三部作で製作担当を務めている。製作者としては、87年にニック・ノルティ主演作『ウィーズ/檻の中からブロードウェイ』でアソシエイトを務め、以降はヴァネッサ・レッドグレイヴ主演作『湖畔のひと月』(95)、ジョン・クリース製作主演作『危険な動物たち』(97)、『ハムナプトラ』(99)、『102』(2000)などの製作に携わっている。最新作は“Red Dwarf: The Movie”で共同制作を担当している。
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◆美術/衣装 Production Designer/Costume Designer
ベルント・レペル BERND LEPEL
舞台美術家としてスタート、1979年にアカデミー賞外国語映画賞を受賞したフォルカー・シュレンドルフ監督作『ブリキの太鼓』でセット・デコレーターを担当し映画美術に転向。ベルトラン・タヴェルニエ監督作“La Mort en Direct”(79)、シュレンドルフ監督作“Die Falschung”などの美術担当を経て、アンドリュー・バーキン監督作『ウィーンに燃えて』(88)でプロダクション・デザイナーとなりヴェネツィア映画祭で“金のオゼッラ"最優秀セット・デザイン賞を受賞した。以降は、衣装デザインを兼任したバーキン監督作『セメント・ガーデン』(93)、パトリック・ドゥウォーフ監督作『イノセント・ライズ』(94)、ジョルジュ・スルイツァー監督作『クライムタイム』(96)などでプロダクション・デザイナーを担当。本作では衣装デザインも兼任している。
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◆撮影 Director of Photography
アラン・アーモンド ALAN ALMOND
1994年にアナ・カンピオン監督作“Loaded”で撮影監督。以降はウダヤン・プラサド監督、“Brothers in Trouble”(96)、“My Son, The Fanatic”(97)、最新作の“Gabriel & M”"などでコンビを組んでいる。他の作品にジョン・ストリックランド監督作『g:mt』(99)などがある。
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◆編集 Editor
バリー・ヴィンス BARRIE VINCE
1965年にビートルズの『HELP!四人はアイドル』で音楽編集を担当。67年にシドニー・J・フューリー監督作『裸のランナー』で編集。『早春』(70)、『ザ・シャウト』(78/V)などイェジー・スコリモフスキ監督とのコンビ作品が多く、97年には強烈なドキュメンタリー“Hillsborough”でイギリス・アカデミー賞TV部門最優秀編集賞を受賞。本作は “The English Wife”(95)に次いでサイモン・ショア監督との2作目になる。
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◆音楽 composer
ジョン・ラン JOHN LUNN
1993年にレイフ・ファインズ主演のTVムーヴィ“The Cormorant”を担当、以降はロバート・カーライル主演の『マクベス巡査シリーズ』(95/V)などテレビを中心に活動。97年にサイモン・ドナルド監督作“The Life of Stuff”で初の映画音楽を担当、ほかにジュリアン・ヘンリク監督作“Babymother”(98)、ジュード・ロウ主演のレオン・ポーチ監督作『クロコダイルの涙』(98)などを手掛けている。また、アントニー・ミンゲラ共同執筆のナショナル・オペラのためのオペラ“Mathematics of a Kiss”、クイーン・エリザベス・ホールでロンドン・シンフォニエッタにプレミア演奏されたバイオリン・コンチェルト、グラインドボーンで上演された子供のオペラ“Missper”など舞台でも活躍。最新作はマイク・バーカー監督によるTVムーヴィ“Lorna Doone”。
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