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1953年12月3日マルセイユ北部の彼の全ての映画の舞台であるエスタックの工場地帯に生れる。父はアルメニア人、母はドイツ人。カレッジを卒業後、学友のフランク・ル・ヴィッタと共に脚本の執筆、助監督などに取り組む。79年、ルネ・フェレ監督のコメディ「Fernand」に共同脚本家として参加。翌年、フェレの製作で幼なじみのジェラール・メイラン、アリアンヌ・アスカリッドを主演に、ル・ヴィッタとの共同脚本・監督によるロジェ・ヴァイヤン原作「Dernier 師氏i最後の夏)」に取り組む。工場閉鎖で失業した青年の生活を淡々と描いたこの作品は、翌年のカンヌ映画祭「展望」部門に選出された後、ジョルジュ・サドゥール賞を受賞。以後も、自身の視点を共有できる仲間たちと共に、マルセイユ郊外の地元エスタックを舞台に、そこに暮らす労働者や失業者たちの心の機微と町の空気と共に描き、端正なスタイルによる昨今では失われた真摯な作品を撮り始める。
85年ル・ヴィッタの「Le souffleur(プロンプター)」に製作者として名を列ねて以来、短篇映画や演出家アリアーヌ・ムヌシュキン、振付師ジャン=クロード・ガロッタやマルグリット・デュラス作の舞台の収録などの製作なども多数手掛けるようになり、TV局アルテなどとのコラボレーションを開始。また、演出家ピエール・プラディナスの初監督作「Un tour de mae」(87)やアリアーヌ・ムヌシュキン演出の舞台の収録なども手がける。一方で、自身も劇映画「Rouge midi」(84)、「Ki lo sa ?」(86)や、TV映画、短篇なども監督し、93年のTV映画「L'argent fait le bonheur」でミシェル・クーン賞を受賞した。
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