アンジェイ・ワイダ自作を語る
Production Notes
今、私は、この映画がポーランド人の民族としてのアイデンティティーを探るうえでとても重要であり、最も適当な時期に作られたと思っています。しかし、半分以上撮り終えるまで、私はそのことに気がつきませんでした。西側の価値観に支配されてしまったポーランド人に必要なのは、我々固有のアイデンティティーを取り戻すということです。現在、我々は西側から攻撃の対象にされています。若い世代は、西側のライフスタイル、芸術、ポピュラー・ミュージックに強くひきつけられている、そのような流れに対して、一体何をすべきかが問われているのです。
この映画に出てくる人物たちは、私を魅了します。ここにはあらゆる種類のポーランド人が出てきます。私は、一人一人の人物がまるで友人知己のような気さえするのです。あたかも『パン・タデウシュ』以降のポーランド文学における登場人物の原型は、この叙事詩に由来しているかのように思えます。ロマン主義というのは、ポーランド文学独自のものであると私は思っています。国民的悲劇を背景に持ちながら、芸術家たちは壮大で、特別で、比類なきものを創造してきました。
もしかしたら私は、古い価値観にすがっている一匹の恐竜にすぎないのかもしれません。もしそうであるなら、「パン・タデウシュ」のために一緒に働いた150人もの人々も、同じような恐竜でしょう。ボグスワフ・リンダにローバク司祭の役を依頼したとき、彼は快諾してくれました。なぜこの映画が作られるべきかとリンダに訊いたところ、彼は「なぜならこのような映画が作られたことはかつてなかったから」と答えました。作曲家のヴィトルト・ルトスワフスキも同じような事を言ったことがあります。「すでにある曲をどうしてつくる必要がある?」と。芸術家は、創造において勇気を示さなければなりません。すでになされたことを繰り返すのは無意味です。芸術家は、失敗を恐れてはならないのです。
「パン・タデウシュ」を撮っていたとき、私はしばしば最初の作品、「世代」を思い返していました。政治的であるか文学的であるかとか、現代的であるか歴史的であるかといった、映画の内容はさほど重要ではありません。重要なのは、映画が生きているかどうかなのです。創造の喜びはスクリーンに投影されます。その喜びは、私が「世代」を作ったときに存在し、その後の幾つかの映画にも存在しました。その後しばらくの間、この喜びは消え去ってしまったかのようでした。しかし、今また突然よみがえりました。再びその喜びが訪れるなど、私は思ってもみなかったのです。
『パン・タデウシュ』の映画化は、次の三つの決心に基づいています。原作の叙事詩からじかに取り入れた台詞を使い、一字一句、台詞に書き加えないこと。次に詩の中で詳細に語られる“強訴”の出来事を中心にすること。従って、ヤツェク・ソプリツァが映画の主人公になること。三つ目は詩人をナレーターとして、最後の章へ導いてゆくこと―。こうして2時間34分の映画が完成しました。
私が映画監督になってから、46年の歳月がたっています。今回、私は改めて自分の作品につ
いて多くを知ることになりました。ある時期から、私は観客との間に親密さを感じられなくなっていました。歴史的な出来事、政治的変革や方向転換が盛んに行われた時代には、ポーランドの観客と私は互いに理解し、彼らは私を親しく受け入れてくれていました。しかし、私は彼らとの間のコンタクトを失ってしまったのだと思います。
なぜ『パン・タデウシュ』を映画化するのか、私はクラクフ大学の映画研究科の学生たちと話し合いの場をもつことにしました。それは文学と映像に関するものです。文学はまず言葉であり、言葉が生み出す情景は、読者一人一人の財産なのです。その財産である特権を、私が奪い取る権利があるかどうか。
そこで、読者のイマジネーションを、監督の個人的な視点へ導きつつ、この教訓的であり、英雄的かつ国民的な叙事詩をいかにスクリーンに移し変えるかに、学生との討論の的が絞られました。現在テレビの視聴者である大衆は、教訓的であることはばからしい、英雄的とは退屈であり、国民的は何かうさんくさい、と考えています。しかしそこまで文学の傑作にケチがつけられるなら、逆に『パン・タデウシュ』の映画化は価値があるのではないか、いわゆる幅広い読者層の中には、まじめに『パン・タデウシュ』を読んでない人たちもいます。そのためにコンプレックスを抱いているかもしれないのです。映像化することによって、そのコンプレックスは取り除けるかもしれない、『パン・タデウシュ』がエリートのための読み物である時代は既に終り、映画化によって大衆文化になる可能性が生じるかもしれない、私と学生たちはこのように話し合いました。
私の映画人生において、観客の期待に応じようとして何度、その的をはずしたことか。反対に私自身が潜在的能力のある観客であろうとした場合は、「灰とダイヤモンド」でも、「大理石の男」でも、「約束の土地」でも、私は決して間違うことはありませんでした。今日の観客は何を望んでいるのでしょうか。私のこれまでの作品でないことは確かです。ここ数年の私の作品は、一体映画館で若者の足を止めることができただろうか。彼らの会話の話題になっただろうか。私は、「コルチャック先生」と彼の子どもたちのことを、「鷲の指輪」の中で時代の流れにまきこまれる赤軍の兵士たちのドラマを、ゲットーで悲劇の日々を過ごした「聖週間」におけるポーランドのインテリのドラマを、若者たちに思い起こしてもらいたかったのです。しかし、人々が、ましてや若者たちが、このようなテーマから逃げていることは確実でした。
芸術家として私は、自分のパレットに新しい色彩を加えなければなりません。ミツキエヴィチの詩の中に浸透している、ポーランド人にむけた優しい皮肉と新鮮さが、私のこれまでのパレットに、明るい希望の色彩を与えてくれました。そして『パン・タデウシュ』の映画化を支持する人々が次第に増えていったのです。
|
|